秋晴れの空の下。


 昔から、団体行動というものは嫌いだ。
 というよりも、団体行動なんて、したことがなかった。
 幼い頃から命を狙われ続けてきたってのも、そのひとつの理由かもしれない。外を出歩こうとするたび、密かに付いてくる護衛たちがいて、まともに一人で外に出られるようになってからも、どこからか向けられる殺気が常に自分を取り巻いていた。
 そんな体験をしたことなんてないだろうこいつらに付いていったのは、ほんの気まぐれで……、いや、スパイとしての目的も付随していたけれど。
 馬鹿馬鹿しかった。世界再生とか何とか青臭い奇麗事ばっかり言いやがって、結局はガキの遠足の延長戦のようなものじゃないか、と、初めは思っていた。
 でも旅するうちに、関わっていくうちに、だんだんと情が移って、結局こうして、俺もその一団に同じ目的で加わってしまったのだから、人生、何があるか、本当にわからない。
 それでも未だに、団体行動というモノに慣れることはなく。
 ちょうど昼で休憩、となったもんだから、ロイドたちがいる木陰から離れて一人、でかい木の下に腰を下ろした。
 一人の方が気楽でいい。その持論は、未だに変わってはいない。

「ゼロス! メシ、できたぞ!」
 いつものように共に食べようと、誘いをかけにロイドがやってくる。集団で食べるのもあまり好きじゃない。でも誘われるとそれを断るのはさすがに悪い気がして、仲間たちが待つほうへと向かっていく。どんな料理であろうと、大人数で食べたほうがうまいんだ、とロイドは言っていたけれど、俺には未だによくわからない。
 仕方ないか、と重い腰をあげ、ロイドのほうへ向かう。がしかし、ロイドは皿を持ったまま。
「あれれ、ロイド君、俺さまを呼びに来たんじゃないの?」
「最初はそのつもりだったんだけど、ゼロスのいた場所、見晴らしがよさそうだったからさ、俺とゼロスの分だけ持ってきたんだ」
 にか、と笑って話すロイド。そして皿を下に置くと、うまそうにサンドイッチにかぶりつく。
 もしかして俺を気遣っているのか、なんて考えが一瞬よぎったが、こいつがそこまで頭を回しているとは思えない。悪い意味ではなく、こいつはまっすぐだから。
 どうしたんだ、食べないのか、なんて物を口に入れながら喋るロイド。まあたまにはいいか、と思って、持ってきてくれたサンドイッチに手を伸ばす。
 パンの間に具がぎっしりと詰め込まれた、ボリュームのある豪快なサンドイッチ。レタスチキンサンドにハムサンド、さらにはフルーツサンドまである。けれど普通ならサンドイッチに入っているはずなのに、どれにも入っていない食材がある。
「……今日の食事当番、お前だろ」
「そうだけど、なんか食えないもんあったか?」
「いや、サンドイッチなのにトマトが入ってないな、と思ったからさ」
 その指摘にぎくり、と体を硬直させ、俺から顔を背けるロイド。名前を出しただけでそこまでの反応をするとは、よっぽど嫌いなのか、と変に感心する。
「う……嫌いなものをわざわざ入れる必要はないだろ? なくても困るもんじゃないし」
「まーな。でもやっぱり、サンドイッチはトマト入ってた方が好きだな、って」
「そんなこといわれても、苦手なもんは苦手なんだっつーの!」
 ははは、と笑いながら俺もサンドイッチをほおばる。見た目が豪快なだけじゃなくて、味も濃いなと思ったけれど、それは黙っておくことにした。

 集団でいるのは嫌いだ。けれど、こいつと一緒にいるのは、そこまで苦ではない。
 たくさんの取り巻きに囲まれていても、結局は一人だった俺に、対等に、そして仲間として接してくれたロイド。
 多分、こいつと出会えなかったら。なんとなくそう感じて、不意に言葉が口をつく。
「なぁロイド、」
「ん?」
 呼ばれて、こちらを振り向くロイド。いつものように真っ直ぐ自分を見つめる眼が、何故か少しくすぐったい。
「……俺、お前に会えて、良かったわ」
 その言葉にロイドはきょとん、とした表情を見せる。なんだか、物凄く恥ずかしいことを言ってしまったような気がして、頬に熱が集まりはじめていつものような作り笑いでごまかせずに、ふい、と顔を反対側に背けてしまった。
「俺も、ゼロスが仲間にいてくれて、嬉しいし心強いよ」
 なんちゃって、と切り返そうと向き直るとほぼ同時に、にかっと笑って、さらりと言い切るロイド。何の邪気もない、純粋な笑み。
 自分にはないそれを、自分だけに向けられて、なんだかすごく嬉しいような、気恥ずかしいような、不思議な気持ちになって、それとともに顔がさらに熱を帯びていく。
「……さんきゅ」
 ほんの少しだけ口の端が緩んで、いつもの作り笑いじゃない自分の本当の顔が出てくる。無理に隠すこともないのだろうけど、その顔をさらすのは躊躇われて、ぎこちなくもいつもの作り笑いを顔に張り付ける。
「あれ? ゼロス、顔赤くないか?」
「っ、なんでもねーって、気のせい気のせい」
 じっとこちらの様子を窺っていたロイドが、怪訝に思ってか俺の顔を覗きこむように近づいてくる。だがどうやらわずかな表情の違いまでは気付かなかったらしい。ほっとしたようななんだか物足りないような、微妙な気持ちのままなんでもない、と繰り返し続けた。