堕ちる羽根 どろどろとして白濁色の液体と一緒に、この、どろどろとした感情も吐き出せればいいのに。 なんとも表現することのできないこのおもいをいつから俺は抱えていたのだったか。自分の身体から勢い良く吐き出される液体をぼんやりとどこか他人の行為のように目の端に止めながら考える。自分のモノなのにあたかも、自分の目の前にいる男のモノを見ているような不思議な感覚。 多分それはまだ俺が、この行為を男にしてもらっているということを直視できていないからなのだろう。昔から神子ともてはやされ女には不自由していなかったはずなのに、男と…なんてキモチワルイと思っていたはずなのに。 一度抱かれてしまえば思いの外クセになる、麻薬みたいなもののような気がする。始めはただあいつのその表情のない整った顔に他のいろを浮かべさせたかっただけだったのに、いつしか回数を重ねるごとにこれが至極当然のことのように思えるくらい自然に、身体を重ね続けている。 全くもって意味のないことだというのは俺が一番よく知っている。あいつはそんな俺に逆らわず、意見もせず、ただ付き合っているだけ。多分俺が止めようと言い出すまで。 「…ッ」 まるで余計なことに気を散らすなとでもいうように、背中から首すじにかけてざらついた粘膜が這う感覚。思わずビクリと身体が震え、一度欲を吐き出して萎え始めた自身がまた回復し始めたのを感じる。背中にも性感帯があるのだと自分の身体で思い知ったのはこいつに抱かれるようになってからだ。女を抱いたときはただ長い爪で強く痕を残されるばかりで全く意識したことはなかったから。いやその時に触れられてもこんなに感じることはなかっただろう。蹟にさわるがこいつだから、俺はつい反応してしまう。なぜだか知らないし知りたくもないが。 いくらやさしく扱われても、どれだけ回数を重ねても、異物を受け入れ無理な体勢を強いられるこの行為の後は、旅を続けている疲労とあいまって気だるく体のあちこちで悲鳴が聞こえる。そんな俺を尻目に――いやこっちのことなどお構いなしにさっさと着替えを始めるクラトスが相変わらず妬ましい。 普通、行為の後は相手の体を気遣ったり雰囲気を保つために話をしたりするものじゃないのか? 少なくとも俺が女を抱いた後はそうしている。確かに快楽を求めるわけじゃなく、俺がロイドたちの情報を流す代わりの見返り、という名目での行為だからあっさりしていてもおかしくはない。いやただ単にクラトスがさっぱりしているタイプなだけなのかもしれない。最中とはうって変わって。 そうしてクラトスが帰るのをなんとなく見送り、翌朝何事もなかったかのように、俺はロイドたちの元へ戻る。今夜だってそうなるはずだ、いつものように。 だけど。 「……なあ、」 「なんだ」 「……俺は、いつまで……」 いつまでこうして仲間を売るようなことをしていればいい? 突拍子もなく出た言葉を最後まで口に出すことはあまりにも馬鹿馬鹿しく、飲み込んでしまう。途中で切れてしまった言葉はクラトスに伝わるはずはない。わかっているけれど、何故だか、伝わっているのではないか、なんて期待してしまう自分がいた。言葉を飲み込むのと共に一度伏せた目を上げ、また彼の背中に目線を移す。そして、……そして応えてくれるはずのない答えを待つ。 女々しい行動だと、自分でも思う。そもそも何故こんなことを口にしてしまったのか。ただの契約に過ぎなかったこの行為を続けていくうちに湧いてきた変な、どろどろとした感情がそれを実行させたとしか言いようがない。俺とクラトスの関係はただ協力関係を結んでいるだけ。それ以上もそれ以下でもない。はずだ。 「お前が本当に嫌ならば、いつでもやめることはできるはずだ。お前自身で、そのうち結論が出せることだろう。……残念だが、私はお前が求めるような明確な答を出すことはできない」 背中を向けたままクラトスは応え、そして振り返ることもなく俺から離れていく。 でも俺はそんなクラトスの態度よりも応えた内容に、眼を見開いた。 あたかも俺が言わなかった言葉を全て、知っているような、伝わっているような答え。 「っ……クラトスっ」 「また、連絡を入れる。その時にまた会おう……神子よ」 俺の呼びかけに答えることなくそのまま、事務的で一方的な約束をとりつけ、クラトスは部屋を出ていく。 音もなく締められたドア。チックタックと小刻みに時を刻む時計の音。少しでも止まってくれたらその腕を掴もうと伸ばした手は行き場を失い、重力に引かれるように下へ落ちる。 ああ、また、俺はひとり。 のろのろとベッドに戻り、カーテンを開けっ放しだった窓にふと目をやると、いつから降り出したのかぽつりぽつりと雨粒がガラスを叩いていた。 ああ、一体、俺は……。 自問自答しても出るはずのない答えと、相変わらず胸に巣くったどろどろした気持ちが一体何かを考えながら、浅くも深いまどろみに堕ちていった。 |